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34年ずっと友達 [友だち]

長い間生きていると、いろんな組織に属し、いろんな人に出会う。僕にとって(今回はどうも「私」と言う一人称が不適切に思えてしまう)、A高校での3年間(学んだこと、体験したこと、考えたこと、そして空気)、出会った友人・先生方は、かけがえのないものである。それらは、今日の僕の精神的支柱の根幹を成していると言っても... 前に吉田拓郎の歌は僕の精神的支柱の...と書いたような記憶もあり、「おまえの精神的支柱はどうなってるんだ? そもそもそんな支柱等ないへな猪口じゃないか」と言われれば返す言葉がない。そんなA高校28回生(旧制中学を合わせれば50回生)の10年ぶりの学年同窓会が、11月初旬、A市のとあるホテルで開催された。10年前の第一回の学年同窓会の時は、タイにいて欠席と言う悔しい思いをしたので、今回は近場でもあり是非出席しようと意気込んでいた。同じく意気込んでいたのが同窓生の妻であるが、日頃の行いがよっぽど良いのか、彼女にとってソウルでの超重要イベントと日程が重なってしまい、どちらかを取捨選択しなければならなくなった。数週間の熟考の末、妻が出した答えは、今を大切にしようということだった。つまり、ソウルでの行事(彼女の所属するクラブの年に1度の定期演奏会)を優先すると。そのクラブとは何の係わり合いもない僕には、ちょっとした驚きだった。定期演奏会は来年もあるけれど、学年同窓会は次はいつあるかわからないのだ。でも、逆に、来年、僕たちがソウルにいるという保証もない。そういう意味では、その定期演奏会こそが最後になるかもしれない。僕は、写真をたくさん撮ってくることを約束して、土曜の朝6時ひとりソウルのアパ-トを出た。

同窓会に出るのが当然のような言い方をしてしまったが、出たくない、出られないという人も多いことを理解している。

会場の最寄り駅近くで信号待ちをしていると、「雀翁」と、声をかけられた。高校卒業時同じクラスだったFさんだった。僕が学生時代の友人たちから呼ばれるのは常にこのあだ名で、本名でXXと呼ばれることはまずない。クラスの同窓会は年に1度くらいのペ-スであるので、Fさんとは卒業以来何度も会っている。確か5年前のクラス同窓会は、遠くからではあったがいっしょに幹事をした(ほとんどFさんが手配をした)。まだ受付開始時間になっていないのに、ホテルのロビ-はたくさんの同級生たちでごった返していた。「Fさん、僕は今日ここで泊まりやから、チェックインしてくる。さっき、受付に行っといて」。同窓会出席者は特別料金で宿泊できるのだ。

受付で会費を収め、名札をもらう、うちの学年は400人ほどいたし、卒業後、34年も経っているので名札なしには誰が誰かわからないということも多いだろう。実際この名札は役に立った。「雀翁!」、またあだ名で呼ばれる。「ん?」、見覚えのない顔だ。「誰やろ?」、そっと名札をのぞいてみる。「Sxxx」、名前はわかったが顔の判別ができない。「ええ?Sちゃん?」、中学も同じだったSちゃん(男)だ。たぶん、卒業以来初めて会う。僕の知っているSちゃんは、坊主頭で丸顔で背が低いかわいい坊ちゃんだったのに、目の前にいるのは、どちらかと言えばやせた、背の高い、髪の長いおじさんだった。「Sちゃん、めっちゃ変わったやん、誰かと思うわ」。スイスにいた時、どこでアドレスを知ったかSちゃんからメ-ルをもらった、「今度イタリアに転勤になるので...」。結局ヨ-ロッパでの再会は果たせなかったが、Sちゃんとはなんとなく連絡を取りようになっていた。Sちゃんの向こうには、現在バンコク在住といううらやましい立場のTちゃんがいた。Tちゃんとは3年ほど前バンコクで会ったので名札の必要はない。Tちゃんも同じ中学出身だ。「いつか、中学の同窓会もやりたいな」、Tちゃんとはそんなメールを交換していた。「雀翁!」、今度は誰や、「ん?」、またしても見覚えのない顔。名札を除く、「あれぇ、Rちゃん? 大人になったなあ(失礼な言い草である)」。Rちゃんも同じ中学だった。この日は高校の同窓会のはずなのに... そして今気がついたが、中学からの友達はなぜか「ちゃん」づけで呼ぶ人が多い。なのに僕は、「雀翁」と、あだ名で呼び捨てだ。あきらかに公平性を欠いている。

「写真を撮るから、愚図愚図せんと、さっさと会場に入って並べ!」、幹事の人が丁寧に声をかけて回る。会場の一角に写真用のひな壇が設営されていた。と、僕の前に見覚えのあるちょっと前かがみの背中があった。「Mかな?」自信がなかったが、「M!」と背中を叩いてみた。「おお、雀翁!」、Mが振り向き叫ぶ。Mとは同じ大学に行った仲だ。マ-ジャンの借り(負け)がかなりある。「おいM、おまえどっかに移ったんか?ここんとこ連絡が取れへんなあ」、「何言うてんねん、それはこっちの台詞や。年賀状の返事がないやないか」、「あ、すまん。タイにいたころ年賀状もらってたけど、スイスに移ったの知らせてなかったっけ? 今はソウルや」、「あほか、こっちは縁を切られた思てショックやったんやで」、「悪い悪い...」。名刺を交換して、お互いの連絡先を確認する。Mは何を勘違いしたのか税理士になっていた。将来世話になろう。

テ-ブルはクラス別に設定されていた。同じクラスの見慣れた連中の顔がうれしい。「あ、NとIが来てないな。K子もおらへん」。やがて司会者(プロの司会者だが同時に同窓生でもある)が、開会を宣言し、まず、物故者に黙祷をささげる。僕たちのクラスの誰もが、1分間、きっと同じ人のことを考えていただろう。「T山」、クラス会を取り仕切り、やさしく、おちゃめで、誰からも愛されてた、なのに、僕たちよりずっと早く、5年前に逝ってしまった。Fさんとクラス会の幹事をしたのも、「T山」が逝ってしまった年の暮れだった。「T山」がいなくなって僕たちは途方に暮れた。これからどうやってこのクラス会をまとめて行ったらいいんだろう。そのクラス会に先立ち、僕たちは10人余りで「T山」のお墓参りに行った。「T山」のダンナも同窓生だったので、僕たちを迎え、話をしてくれた。それをきっかけにダンナのOと連絡を取り合うようになった。今回、Oは来ていない。少し前、「同窓会、出るんか?出るんやろ?」とメールをしたが、まだ彼の心には、整理しきれていない何かがあるのだろう。「気が進まない」との返事をもらい、それ以上押し切ることが出来なかった。Oとは後日電話で話しをした。

出席してくださった先生方のコメントがあった。当たり前の話だが、皆さんご高齢である。まだ現役の先生も一人だけいらっしゃったが、あと2年で定年だという。そんな先生方が口をそろえて言及されたのは、A高校の校風、「自由さ」だった。僕たちは他校を知らないので当時はそう思わなかったが、今思えばA高校は「自治」に重きを置いた自由な校風だった。自由と責任は表裏一体だ。伝統的にA高校は生徒たちに自由を与え責任を考えさせた。30数年前の話だから、今更悪口を言うわけもなく、みんな「いい学校だった」の大合唱である。当時からバンドを組んでいたグル-プの演奏があり、ビデオ(8mm)の上映があった。このビデオは、先生方が撮っておられた8mmを運営委員会がお借りして編集したもので、かなり長時間の大作になっていた。体育祭・文化祭、球技大会、就学旅行、遠足...集まった140人ほどの友達がいっしょにタイム・スリップしていく。遠足で行った京都のお寺の境内で、何故かフォークダンスをしていた僕たち(あの当時、何かイベントがあるとフォークダンスが企画された)。今年夏に行った、懐かしい八方尾根の雪渓でソリ遊びをする友人たち。土まみれになってバレ-ボ-ルを追いかける同じクラスの女子たち。土曜日に下級生たちを集めて行った体育祭の応援練習。体育祭・文化祭のエンディング・イベント、校庭の中央で出し物に使ったものすべてを燃やした、それらを包んでいく巨大な炎(今なら消防署と警察が飛んでくるだろう)。その炎に向かって立つ大きな酋長の木の像(うちのクラスの応援団のシンボル)。炎に進んでいく酋長、沸き立つ炎、悲鳴、嘘のない涙...30数年前の僕たちがそこにいた。HもAもSもWもIも、そして、「T山」もそこにいた。(8mmの提供者の一人がうちのクラスの担任の先生だったので、僕たちはかなりの比重で映っていた)。

上映が終わって、あちらこちらでできる人の輪。写真のフラッシュ。あっという間に3時間がたち、幹事の挨拶のあと、校歌斉唱。

...
...
我ら常に世界にのぞむ
いまぞ集え A高等学校

当時の応援団長の3本締め。7年後、60歳での再会を約して閉会となる。

閉会となったが、そのまま2次会の会場(同じホテル内)になだれ込む。仲のいい同級生たちと、時の流れを飛び越えてバカ話が立ち上る。後日、Sが言っていた、あんな馬鹿笑いをしたのは久しぶりだと。何人かのお姉さんたち(同級生)に声をかけられる。「今日は、Eはどうしたん?何で来てないん?」、Eは妻のニックネ-ムである。「いや、それは...」。妻はそうでもないのに、妻の友達は、けっこうな確率で、飲み屋のママさんのような風貌である(パ-マをあてている、化粧品代を無駄に使っている、服が複雑だ、恐いなど)。「よろしく言うとく、せやから写真撮らして」、妻に見せるために証拠の写真を撮る(だいたい、僕はそのお姉さんたちの名前さえ知らない)。彼女たちから逃れて、またバカ話に戻る。

3次会に行く、この時点で同じクラスだった人だけになった。「自分の服は誰が買うか?」という話になった。自分の独断で買うという男子はゼロで、奥さんといっしょに買いに行く、または、奥さんが勝手に買ってくるが多数だった。それを聞いていたIちゃん(女子)は、「うちも私が一人で買ってくる、ダンナのセンスはすごくおかしいし、たぶんセンス自体存在せえへんと思う」などと暴言を吐いていた。30数年前、我がクラスで純情可憐さを売り物?にしていたIちゃんとは思えない言葉である。男子一同ため息をつく...最後まで残った5人で駅まで歩く。歩いてももう電車はないのに。タクシ-に乗り込む彼らに手を振って、僕は一人ホテルに戻る。酔っ払った頭で、自分がとても幸福であることを改めて実感する。お腹が減ったので(しゃべることと飲むことに忙しく、ちゃんと食べてなかった)、コンビニで買ったインスタントラ-メンを作る。そして酔っ払った手で、そのラ-メンのカップをひっくり返してしまい、熱いス-プが足にかかった。それでも僕は幸せだった。

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Bonheur

34年もお友達・・・凄いですね。きっとこれからもずっとお友達なのでしょう。
雀翁さんたちのようないつまでも変わらない関係、良いなあと思います。
私の場合は、別の中学でしたが中三のときに少し通った塾で知り合い、高校で一緒のクラスになった友人が一番古いお付き合いで、ほとんどが高校・大学からの友人です。それ以前ですと、地元(北関東)に住む親が「〇〇くんは医者になったって」とか「XX社に入社したみたいよ」とか、元同級生のお母さんを通じてかろうじて情報が入ってくる程度です。元同級生たちとは、お互い上京し東京に住んでいながら、会う機会がないです。
私も同窓会、行ってみたくなりました。
by Bonheur (2010-12-02 21:44) 

collet

久々の雀翁節、楽しく読ませていただきました。
10年ぶりの同窓会で今度は7年後ですか~~イイですね!
同窓会にしても、クラス会にしても、
毎年ではなく、節目となる時にするのがいいように思いますね。
ただ、あまり間が空くと、
我々のように幹事が誰だったかも判らなくなりそうだけど~(~o~)

それにしても、高校でそうなら小学校のなんて、
全く「知らん!アンタ誰?」状態でしょうね~(?_?)

で、、、奥様は、その飲み屋のママさんのような写真を見て、
ちゃんと何方かお分かりでしたでしょうか?
by collet (2010-12-03 12:32) 

krause

素晴らしい同窓会と友人たち、私も嬉しくなってきました。羨ましい次第です^^、と同時に自身のちょっぴり苦い時代を思い出しました^^。

残念ながら、私は高校受験に失敗してしまいました。そして、滑り止めで入った高校は、大学受験までの通過点と割り切って通っていました。いま思えば、もっと素直になっておけばよかったと反省しています。雀翁さんのような良い思い出も友人もほとんどありません(小中学・大学・大学院では素敵な思い出と友人に恵まれましたが・・・・)。でも、それを反省し、大学では自分でも納得できるくらい真剣に勉強をし、友人にも恵まれました。
by krause (2010-12-03 14:26) 

雀翁

Bonheurさん、

年を重ねれば毎年友人である期間は延びて行きます(うれしいような悲しいような)。違う高校に行った小中学校の友人たちとは、全く連絡が取れていません。それもあって、今回、高校の中で同じ中学出身の人に声をかけたのですが、この輪が広がるかどうか微妙です。うちのクラスは正月にもまた集まろうなんて'言っていますが、今度は妻が出て私が欠席になりそうです。

by 雀翁 (2010-12-03 17:57) 

雀翁

colletさん、

あまり開くのものもよくありませんが、うちのクラス(学年ではなく)のようにしょっちゅうやっているのも新鮮味がなくなってきます(それはそれで楽しいのですが)。幹事は前回今回同じグル-プがやってくれました。いろんな仕事の人が集まることになるので、適材適所でとてもうまく運営してくれて有難いなと思いました。

妻はちゃんと見分けたようです。

by 雀翁 (2010-12-03 18:04) 

雀翁

krauseさん、

私はまったく逆で、ほとんどが高校の友人です。大学時代サボりすぎたので、まともな友人がいません。小中学校の友人や、幼馴染たちとも連絡が取れていません。後は会社に入ってからの仕事を離れて付き合える友人がちらほらです。

いずれにせよ、損得なしにバカ話ができる友人はほんとうに有難いです。

by 雀翁 (2010-12-03 18:07) 

葵ママ

小中は転校三昧でブチブチと関係が切れまくり、高校はと言うと田舎の県立高校故か、近隣中学の寄せ集めで余所者はどうも居場所がない。結局、一番つきあいが深まったのは大学の同じ学部の連中でした。

私は、人の顔と名前を覚えるのが極端に苦手なので、一学年90人でも手に余るくらいです。ちなみに、高校は270人くらいだったでしょうか。もう臨界点超えてます。
by 葵ママ (2010-12-04 14:12) 

青沢東(QMY)

400人中140人もが集まるっていうのがすごい!そして、その140人が一斉に34年のタイムスリップをして楽しかったあのころに戻るんですから、同窓会って偉大ですね。
で、雀翁ってホンマのニックネームだったんですね。御社のベテランという意味かと思ってました…。
by 青沢東(QMY) (2010-12-04 23:37) 

maki

よほどホノボノな校風だったんでしょうね^^
その出席率の高さが物語っています。

私もおよそ学生時代の友だちとは付き合いがなくて、、、
高校-短大-専攻科と同じ学校でしたが、美術畑という特殊な環境のせいか、単体で動く人が多く、あまり仲間意識というものがありませんでした。

思えば社会人になりたての私は挫折を味わったこともないのに偉そうな口を利く、とんでもない新人だったと思います。
そんな私を育ててくれたのが以前勤めていた会社で、そのせいかその時の友だちとは今でも仲良くお付き合いしてもらっています。

そんななので学校の同窓会には興味ないけど、会社の同窓会なら行ってみたいと思ってしまう私^^;
なんか変ですかね?

「雀翁」のアダナ、その頃からだったのですね◎_◎;
なんか渋ッ!
by maki (2010-12-05 21:57) 

maki

追伸)もし同窓会に参加することがあったら、絶対に「変わらないね」と言われたいと思いました ̄m ̄*
by maki (2010-12-05 21:58) 

mint_tea

同窓会、長く行ってないですね~。私も実家が関西なので、気楽に行けないというのもあるのですが、ここ数年は同窓会自体がないです。もう少し皆が子供の手も離れ家庭的にも余裕が出てきたらまたあるのかな?奥様、今現在を大事にするっていう考え方、とても前向きな感じで良いですね。特に転勤族の奥様となると、自分の生活を前向きに持つのは大変なことも多いだろうなぁ…と思います。
by mint_tea (2010-12-05 22:32) 

雀翁

葵ママさん、

私もひとの名前が覚えられません(最近特に)。私の行った大学は単科大学だったので、高校より1学年の人数が少なかったです。でも、あまり大学に行かなかった(?)ので、友人が好きないです。学生時代、唯一闇の時代が大学時代です。ろくなことをしていません。それもあって高校の同窓会への思い入れが強いのかもしれません。



by 雀翁 (2010-12-06 18:34) 

雀翁

QMYさん、

そうです、正真正銘、本名のニックネ-ム?です。中1のときテニス部の先輩から拝命して以来、約40年間、雀翁で通しています。字はあとからつけた当て字ですが。

by 雀翁 (2010-12-06 18:36) 

雀翁

makiさん、

するどいですね。ご指摘の通り、校歌の歌いだしは、

>ほのぼのと あけゆ行く空や 雲の色

というんです。気候が温暖で、偉人が出ないといわれる瀬戸内ののんびりした校風でした。

私は、会社を卒業してはいないのですが、日本法人とは組織上縁が切れた状態で、日本に帰ると、会社の友人が、「会社の同窓会」を開いてくれます。これもとても楽しいイベントの1つです。

長い年月を経た同窓会での再会は、

1. まったく変われへんやん
2. 全然見分けがつかへんやん

のどちらかで、中間はないようです。

by 雀翁 (2010-12-06 18:44) 

雀翁

mint_teaさん、

転勤があっても、私は会社に行けば組織があり、だいたい要領の知れた仕事があるのですが、妻の方は、全く知らないところに放り出されたような感じです。転勤の度に、申し訳ない気持ちで一杯になります。

50の声を聞くと、同窓会の頼りも届くと思いますよ。

by 雀翁 (2010-12-06 18:48) 

yukomimi

先日親戚が集まった席で、何故か男性には仕事以外の友達がいない人が多いという結論にたっしました。そして全員「それは不幸なことだ。友達は親族よりも重要なときがある」と大合唱。
雀翁様はたしかに、絶対、ものすごく幸運です。
最高の宝物をおもちです。
by yukomimi (2010-12-06 20:39) 

maki

先日卒業以来初めて会った友達がいます。
彼女の第一声は「maki、変わらないね~。でもうちの学校って皆変わってないかも」
そう誇らしげに言った彼女がすっかりオバサンになっていたと感じたことはココだけの話です、、^^;
by maki (2010-12-07 00:26) 

雀翁

yukomimiさん、

私たちより一世代上の先輩方は、何事も「初めて」の世代だと思います。高度成長の中、仕事一筋の方が多いようで、会社以外のことを考える余裕もあまりなかったのかも知れません。友人がいないというのは、残念なことです。数は少なくとも忌憚なく話せる友人がいるというのは、本当に有難いことだと思います。

by 雀翁 (2010-12-07 08:56) 

雀翁

makiさん、

変わってないといっている本人が一番変わっている...内緒にしてあげて下さい。私はあまり若さに執着がありません。前に髪を染めたこともありましたが、続ける根気がなくすぐにやめてしまいました。できれば、自然に清々しく年をとって行きたいなと思います。

makiさんはずっと変わらないでいてください。

by 雀翁 (2010-12-07 09:02) 

nomu

楽しい様子が伝わってきました。
私も、過去より現在を取るだろうな~。
何を勘違いしたのか・・・と思う人はけっこういます。
大学時代のあの言動からは想像できない役職に就かれている先輩とか・・・たくさん知っています。^^ゞ

by nomu (2010-12-07 09:24) 

雀翁

nomuさん、

高校の応援団員で、今回も3本締めの時壇上に上がった人は、「たぶんこの人は堅気の人生を送らないだろう」と400人中360人ぐらいがと思っていたのですが、「某企業で人事をしている」との披露があり、出席者全員、驚嘆の、でも暖かい、ブ-イングの嵐が起こりました。人間、わからないものです。

by 雀翁 (2010-12-07 12:07) 

ももんが

楽しい時間を過ごされたんですね。
同窓会、行くたびにかっこいいと噂されていた男子がみすぼらしくなっていたり、かわいかった女子がただのおばさんになっていたりで、ビミョウな気分になります。
高校時代特に目立っていなかった私は「お前はかわらない。一目でわかる」と誰からも口をそろえて言われますが、明らかにおばさんになっているしし、そんなに成長してないのだろうか(=_=)といつも複雑な気分になります。
欠席続きなので、次回は同窓会に行きたいなあと、雀翁さんのブログを読んで思いました。
by ももんが (2010-12-09 09:17) 

雀翁

ももんがさん、

めちゃくちゃ変わっています。今回、幹事のK君など、見る影もありませんでした。すっとした好青年だったのに、今ではベタベタの漫才(見かけで笑わせる)のしかもボケの方にしかしか見えませんでした。記事でも書きましたが、どう見てもバ-のマダム的なお姉さんたちとかも多数いらっしゃいました。

「お前はかわらない。一目でわかる」

は、完全な褒め言葉です、だって、これは見た目の話しですからね。

by 雀翁 (2010-12-09 12:29) 

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