資産管理方法と夫婦喧嘩と絵画教室 [ソウルでのこと]
「3日ほど前、カミさんとすごい喧嘩をしたんです」、例によっておでんですかのJさんが、話し出した。会社の主だった顔ぶれの忘年会の席である。
「ふだんは大人しい私も頭にきました!」、えらく息巻いている。喧嘩の原因は、Jさんの奥さんが、預金口座の残高をマイナス200万円くらいにしてしまっていたことが発覚したことだと言う。
「信じられないでしょう? マイナス200万円ですよ(韓国ウォンで3000万ウォン)」。確かにそれは信じられないような話だ。若いツバメでもできたのだろうか。どうでもいいことが、韓国では若いツバメのことを「ヨンゲ(若い鶏)」という。
「マイナスの預金残高って年9%の利子がかかるんですよ」、憤慨するJさん。よくわかる、桁は違うが、20数年前、うちの妻も、常時預金残高をマイナスに保っていたことがある。「私は、利子の払いを減らそうと、新しい車も買わずに、ロ-ンを早めに返済する努力をしてたのに、200万円のマイナス、9%...しかも、そのことについて私に何の相談もなかったんです」。これだけを聞くととんでもない奥さんだと思うが、もう少し突っ込んでみると若干見方が変わる。
「ところで、Jさん、最近、株の調子はどうですか?」。
Jさんはスマ-トフォンを買ったとき、「雀翁さん、これすごく便利ですよ」というので何がそんなに便利なのかと聞くと、
「ほら、私の持っている株の値段がいつでもリアルタイムで見られるんです」と画面を見せてくれた。
「ほう、それはすごいですね。それじゃあ、Jさん、かなり株で儲けてるんですね?」
「あ、いや、それが、反対です。最近、株価を見るのが怖いんです」。
「へえ、どれくらい負けてるんですか?」
「200万円くらいしょうか」
「それじゃあ、奥さんがマイナスにしたのと変わらないじゃないですか」
「そこなんですよ、ポイントは」...よくわからない
「カミさんが、私に「株に投資して」って、10万、20万とくれるんですよ」
「へえ、Jさん信頼されてるんですね」
「始めの方で15%くらい儲かって、その話をしましたから」
「損した話はしてないんですか?」
「そんなこと、できるわけないでしょ。私にもプライドがあります」
「じゃあ、奥さんは今でも株で儲かってると思ってるんですか?」
「そうみたいです。それで、カミさんは銀行からお金を引き出して、残高をマイナスにして、私に株に投資しろって、お金を渡してくるわけです」。
「でも、残高をマイナスにしたら金利がかかるって、奥さんは知らないんですか?」
「はっきり知らなかったようです。でも、仮に9%の金利が掛かっても、株で15%儲かればプラスじゃないかって言うんです」
「確かに理屈はそうですね。ただし、金利は必ず掛かりますが、株で15%儲かる保証はありません。実際、Jさんは損してるんでしょ」
「私も、カミさんがくれるお金が、残高をマイナスにして作ったお金だと知っていたら、株なんか買いませんよ」
「要は、夫婦間のコミュニケ-ション不足と、変なプライドと、金融商品の知識不足が生んだ、夫婦共犯的悲劇と言うことですか?」
「え、そうなりますか?」
「客観的第3者から見ると、そういう風に見えますが。ところでJさん、給料は全部奥さん管理してるんですか?」
「給料はそうです」
「給料はって、他にあるんですか?」
「ボーナスは隠しています。当然でしょ。そのうちの10%くらいをキャッシュで渡しています。その時だけはすごく感謝されるんです」
「じゃ、残りの90%は?」
「もちろん、自分の小遣いにしています。飲みにいったり、いろいろあるでしょ」
そこまで聞いていた他の人も会話に入ってきた。
「私は、いくら給料をもらってるか家内に言ってませんよ。定額だけ毎月渡すんです。渡しただけ使われてしまいます。そして、定額渡してても、何やかんやと追加で請求が来ますが...」、H社長が言う。
「雀翁さんは?」
「うちは、日本にいた当時、全額妻が管理していました(いや、単に使っていました)。私は、ATMカ-ドを持たされていませんでしたし。でも、海外に出てからは、銀行の手続きがややこしいとか、ATMの言葉がわからないとがか言って妻は銀行に行くのを拒否したんです。仕方なしに、ここ15年ほど私が管理しています。」
「そんなの夫婦のうちどちらか、お金の管理能力のある方が握ってればいいんじゃないですか?」、Hマーケティング・マネ-ジャ-(女性)が言う。彼女は、自分の収入とご主人の収入の両方を管理し、着実に増やしているらしい。
「うちは、両親と妻、そして4人の子供の7人が私の肩に乗っかかてるんです。辛いです」、Bセ-ルス・マネ-ジャ-が泣きを入れる。
1次会が跳ねて、「もう一軒」というJさんに連れられて、ワインを飲みに言った。
「最近、絵を始めたんです」
「気でも違ったんですか?
「いたって正常です」
「油絵とかですか」
「いえ、まだデッサンの勉強中です。直線を定規なしで引くのって難しいんですよ」
「勉強中って、絵画教室に言ってるんですか?」
「いいえ。DVDの先生が教えてくれるんです。」
そう言って、Jさんは鞄の中から、i-Padを出してJさんの先生を見せてくれた。
「ほう、すごいですね。で、どれくらいやったんですか」
「3時間です」
「はあ(ため息)、Jさん、自転車はすごくいいって言って、3ヶ月くらいで止めましたよね。確かその後は、ギタ-をやりだして、それも数ヶ月。今度は絵ですか?来年は何をするんですか?」
「バカにしないで下さい。来年も絵です」
今日はワイン一本で帰ろうとお勘定をした。いや、お勘定をしようとした私の手から、Jさんが無理やり請求書を奪い、払わせてもらえなかった。これも、Jさんが奥さんに隠しているボ-ナスから払われているのだと思うと、少し罪悪感に心が痛んだ。
後日談 1:金正日の死亡が発表された日、Jさんは「ああ、もう終わりだ」と嘆いた(株価が下がったので)
後日談 2:「これ、先週末描いたんです」Jさんが、スケッチ画を見せてくれた。よく出来ていた。「今度は、雀翁さんの肖像画を描きましょうか?」「...絶対お断り...」
10月~11月の読書 「剣岳・点の記」、「フェルマーの最終定理」など [本]
慌しい2ヶ月だった。お客さんが3組来られ、仕事が大きな山を向かえた。父の49日の法要があり、私自身にもちょっとしんどい事があった。ふと、それらから距離を置き、Reading glass(日本名 老眼鏡)を相棒に、ソファによっかかって一人本を開く。そんな時間は砂漠のオアシスのように心に潤いをくれる。
「家族の言い訳」、森浩美
「フェルマーの最終定理」、サイモン・シン
「小夜しぐれ(みをつくし料理帖)」、高田郁
「剣岳・点の記」、新田次郎
「魔法のことば」、星野道夫
「酒にまじわれば」、なぎら健壱
「死の壁」、養老猛司
「Story Seller」、 新潮社編集部
「家族の言い訳」、森浩美
「こちらの事情」という、本編の続編のような位置づけの本を先に読んでしまっていたので、この本のお話しもすんなり心に入ってきた。安い歌謡曲のようなスト-リ-と言えなくもないが、そこにはある種の「家族だから言えない、家族だから言ってしまう、家族だから許せない、家族だから...」という共感ができるものがある。人間皆それぞれ、自分の価値観に基づいて生きている。他人であれば、価値観の違いは単なる違いとして気にもかけないだろうが、いっしょに暮らしている家族との価値観の違いは、時として許しがたいものと感じてしまう。母親にきれいになってもらいたいと幼い息子が無理をして貯めたお金で買った口紅。母親はそれを一度つけたきりで、「もったいないから」とずっとお守りのように持っていて、年老いてこの世を去ろうとするとき、棺桶の中に入れてくれと頼む。どちらにも理があり心がある。河島英吾の「てんびんばかり」という歌を想い出しす。
>どちらも もう一方より重たいくせに どちらへも傾かないなんて おかしいよ
「フェルマーの最終定理」、サイモン・シン
3世紀以上に渡って証明することができなかった、中世の数学者フェルマーの書き残した数学の定理。フェルマー自身は証明済みとしているが、単に書く余白が十分でないという理由でその証明は残されていない。フェルマーが残した定理のほとんどが証明される中、幾多の数学者が挑み、証明することのできなかった最後に未証明の定理、それがフェルマーの最終定理だ。この本は、数学の歴史的考証から始まり、フェルマーの最終定理の出現、そして、それが数年前に証明されるまでのエピソードを語るノンフィクションである。この本は、数学のことを扱っているにもかかわらず、数式や関数の難しいことは何もわからないでも読める歴史物語だ。そしてお話の中には、素数、完全数、友愛数、など楽しい話もたくさんある。
北海道で黒い羊を見たとする。その時、私たちは何と言うだろう?
1. 「北海道の羊は黒いんだね」
2. 「北海道には、黒い羊もいるんだね」
3. 「北海道には、少なくとも一頭以上の黒い羊がいるんだんね」
もし、3番目の答えに違和感がなければ、この本は読むに値すると思う。
中学・高校と私たちはたくさんの証明問題をやらされた。実際、証明ができた時、それは、感動的でさえある。なぜなら、数学的証明は、一点の疑問を挟む余地のない、完璧なものだからだ。現実社会において、そのような一点の曇りもないことなど、ほとんど存在しない。どこか、不確かさや、あやふやさが存在する。数学の世界は、すきっと晴れ渡った秋空のようである (もし、理解できれば...)。
「小夜しぐれ(みをつくし料理帖)」、高田郁
シリーズ5冊目。ますます安定し、そして少しどきどきさせてくれる。安心して読める本だ。身分の違い、年齢の違い、貧富の違い、それを乗り越えさせる「おいしいごはん」の力。改めて、「食べる」ということが人生の根幹であることを思い知る。動物は生きるために食べる。人間はさらに、満腹感だけではなく、食べるということから幸福を感じることもできる。「おいしい」、その一言が相手を、自分を幸福にする。桜の季節、花見の宴にあえて出された菜の花づくし。鮮やかな黄色が緑が目に浮かぶようである。
「剣岳・点の記」、新田次郎
タイで知り合ったSさん(妻の友人)が、ソウルの我が家へやってきた。話の中で、Sさんが、俳優・香川照之の歌舞伎転身も話をし、彼が出た映画「剣岳・点の記」がとてもよかったので機会があれば是非見るようにと勧めてくれた。その翌週、父の49日の法要で、実家に帰ったとき、父の本棚に、「剣岳・点の記」を見つけた。ずいぶん古い本で、確か一度読んだ記憶があるようなないような...その横には、「八甲田山 死の彷徨」(新田次郎)もあった。何かの縁だと思って、その本をもらって帰り読んだ。新田次郎にはいい本がたくさんあるが、私にとっては過去の人で(以前たくさん読んだ)、最近著者の本から遠ざかっている。簡潔で切れのよい文章が、困難な「剣岳」への登頂を綴っている。陸軍からの圧力、山岳会との競争意識、地元の山岳信仰との軋轢、傲慢な県職員のいやがらせ、そして天候の壁...様々な要素が、地図の測量隊が「剣岳」の頂上に立つ障害となる。そして苦労の末「初登頂」だと思っって立った山頂には、数百年前のものであろう朽ちた剣などがあった。この物語は、「剣岳」の困難さとともに、「初登頂」の意義も考えさせられる。お気楽ハイカ-の私には、「初登頂」など考えもしないことだが、クライマ-たちにとって、名を残すと言うことは大きな意味があるのだろう。
「魔法のことば」、星野道夫
このところ、星野道夫の本を頻繁に読んでいる。彼のアラスカでの生活に基づいた話は、私を魅了してやまない。「魔法のことば」は、彼の講演集である。彼はいろんな所に呼ばれて講演している。そしてこの本は、彼の没後、彼の意思とは無関係に関係者によって出版されたものだ。彼がこの本を出したかったかどうか、私にははなはだ疑問である。
関係者の前書きに、この本は一度に読まず、一編ずつ、一週間くらいの間をとって読むのがいいとあった。何のことかわからなかったが、読み始めてすぐにその意味がわかった。彼の講演はいろんな場所でしているので、そのたびに聞く人は違う。しかし、講演内容には大きな重複がある。10回以上の講演を集めたこの本の、各講演の内容の大元は同じである。それはまるで、同じ歌を同じ歌手が、多少違うアレンジで、10回録音した物を集めたCDと言うようなものである。そんなCDを買うのは、よほどのファン以外になく、CDそのものの客観的価値は、決して高いとは言えないだろう。お勧めにしたがって、ちょっと時間を置きながら読んだが、さすがに5回目くらいでいやになった。どんなにいい話でも、5回聞かされたらいやになる。どういう経緯でこの本が出版されたかわからないが、残念ながら、「利益」の追求以外に出版理由は考えらない。その意図はなくても、著者を貶める結果になっているのではないかと思う。残念だ。
「酒にまじわれば」、なぎら健壱
なぎら健壱による、酒に関する与太話エッセイ。大変面白く、後に何も残らないのがいい。私にとってなぎら健壱は「葛飾にバッタを見た」(だったかな?)を歌った人であり、それ以外の何者でもない。彼のことはほとんど知らないが、その名を聞くと、なぜか佐藤蛾次郎のヴィジュアルがイメージされる。そして、小室等のライブ・レコ-ドに
>そのころ 陽水のギャラが1万で僕が2万でした、はっきり言って倍です
>まあ、陽水君もがんばってくれたまえとか言ってると ほんとうに頑張っちゃって
>一時は1000倍、1000万というギャラを取るようになって
>それでこのニュース(陽水が麻薬で捕まった事件)...
>「うぇっ、陽水が捕まった? なんてことをするのかな」という言葉の裏腹に...
>「ざまあみろ」、これは働くもんでございます人間として...
というMCで参加?している人である。なぎら健壱恐るべし。酒を飲むのもほどほどにしなければならないと深く思う今日このごろである。
「死の壁」、養老猛司
「バカの壁」にはあまり感銘を受けなかったが、この「死の壁」は興味深く、とても納得のできる話だった。
何かをしでかして、「あの時の私は本当の私ではなかった」などという在りがちなコメントを痛烈に論破する。あの時の私も本当の私であり、今、「あれは本当の私ではなかった」という自分もほんとうの私なのである。自分さがしに行こうとするのも本当の私なら、さがしたあと何もなかった嘆くのもほんとうの自分である。
私は、「死後」というものを観念的にとらえられない。そこから続くものはなく、いわゆる「The End」なのだと思う。死後の世界とかいうものは、生きているものが勝手に想像する世界であって、それは存在しないと思っている。死んだ人は、なくなったのであって、その人自体の存在はなくなる。ただ、その人が存在したという、他の人の記憶や記録のの中にのみ、存在し続けるのだと思う。
著者は「死」のタイミングは、社会的なもの(それぞれの社会が容認している概念)が決めるという。それは、「死んだ人」にどのタイミングで「村八分」を宣告するかを決めるル-ルのようなものだと。戒名を与えて、生きていた時と違う名前で同じ人のことを呼ぶことは、すなわち自分たちの社会から死者を村八分にすることなのだと...だから、脳死の問題も医学的には決められず、社会的に決める事柄だと。
もう一度読み返したい本である。
「Story Seller」、 新潮社編集部
伊坂幸太郎、近藤史恵、有川浩、米澤穂信、佐藤友哉、道尾秀介、本多孝好の7人の作家によるオムニバス、中短編集。どの作家の作品も斬新で楽しい。中でも有川浩の「スト-リ-セラ-」は、ありえない内容ながら、楽しく読めた。「阪急電車」と同じような温度を感じる。この様な本を買って、読んだことのない作家に出会うのもいい。近藤史恵、米澤穂信、佐藤友哉は始めて読んだ。米澤穂信はまた別の本を買いたいと思った。
「家族の言い訳」、森浩美
「フェルマーの最終定理」、サイモン・シン
「小夜しぐれ(みをつくし料理帖)」、高田郁
「剣岳・点の記」、新田次郎
「魔法のことば」、星野道夫
「酒にまじわれば」、なぎら健壱
「死の壁」、養老猛司
「Story Seller」、 新潮社編集部
「家族の言い訳」、森浩美
「こちらの事情」という、本編の続編のような位置づけの本を先に読んでしまっていたので、この本のお話しもすんなり心に入ってきた。安い歌謡曲のようなスト-リ-と言えなくもないが、そこにはある種の「家族だから言えない、家族だから言ってしまう、家族だから許せない、家族だから...」という共感ができるものがある。人間皆それぞれ、自分の価値観に基づいて生きている。他人であれば、価値観の違いは単なる違いとして気にもかけないだろうが、いっしょに暮らしている家族との価値観の違いは、時として許しがたいものと感じてしまう。母親にきれいになってもらいたいと幼い息子が無理をして貯めたお金で買った口紅。母親はそれを一度つけたきりで、「もったいないから」とずっとお守りのように持っていて、年老いてこの世を去ろうとするとき、棺桶の中に入れてくれと頼む。どちらにも理があり心がある。河島英吾の「てんびんばかり」という歌を想い出しす。
>どちらも もう一方より重たいくせに どちらへも傾かないなんて おかしいよ
「フェルマーの最終定理」、サイモン・シン
3世紀以上に渡って証明することができなかった、中世の数学者フェルマーの書き残した数学の定理。フェルマー自身は証明済みとしているが、単に書く余白が十分でないという理由でその証明は残されていない。フェルマーが残した定理のほとんどが証明される中、幾多の数学者が挑み、証明することのできなかった最後に未証明の定理、それがフェルマーの最終定理だ。この本は、数学の歴史的考証から始まり、フェルマーの最終定理の出現、そして、それが数年前に証明されるまでのエピソードを語るノンフィクションである。この本は、数学のことを扱っているにもかかわらず、数式や関数の難しいことは何もわからないでも読める歴史物語だ。そしてお話の中には、素数、完全数、友愛数、など楽しい話もたくさんある。
北海道で黒い羊を見たとする。その時、私たちは何と言うだろう?
1. 「北海道の羊は黒いんだね」
2. 「北海道には、黒い羊もいるんだね」
3. 「北海道には、少なくとも一頭以上の黒い羊がいるんだんね」
もし、3番目の答えに違和感がなければ、この本は読むに値すると思う。
中学・高校と私たちはたくさんの証明問題をやらされた。実際、証明ができた時、それは、感動的でさえある。なぜなら、数学的証明は、一点の疑問を挟む余地のない、完璧なものだからだ。現実社会において、そのような一点の曇りもないことなど、ほとんど存在しない。どこか、不確かさや、あやふやさが存在する。数学の世界は、すきっと晴れ渡った秋空のようである (もし、理解できれば...)。
「小夜しぐれ(みをつくし料理帖)」、高田郁
シリーズ5冊目。ますます安定し、そして少しどきどきさせてくれる。安心して読める本だ。身分の違い、年齢の違い、貧富の違い、それを乗り越えさせる「おいしいごはん」の力。改めて、「食べる」ということが人生の根幹であることを思い知る。動物は生きるために食べる。人間はさらに、満腹感だけではなく、食べるということから幸福を感じることもできる。「おいしい」、その一言が相手を、自分を幸福にする。桜の季節、花見の宴にあえて出された菜の花づくし。鮮やかな黄色が緑が目に浮かぶようである。
「剣岳・点の記」、新田次郎
タイで知り合ったSさん(妻の友人)が、ソウルの我が家へやってきた。話の中で、Sさんが、俳優・香川照之の歌舞伎転身も話をし、彼が出た映画「剣岳・点の記」がとてもよかったので機会があれば是非見るようにと勧めてくれた。その翌週、父の49日の法要で、実家に帰ったとき、父の本棚に、「剣岳・点の記」を見つけた。ずいぶん古い本で、確か一度読んだ記憶があるようなないような...その横には、「八甲田山 死の彷徨」(新田次郎)もあった。何かの縁だと思って、その本をもらって帰り読んだ。新田次郎にはいい本がたくさんあるが、私にとっては過去の人で(以前たくさん読んだ)、最近著者の本から遠ざかっている。簡潔で切れのよい文章が、困難な「剣岳」への登頂を綴っている。陸軍からの圧力、山岳会との競争意識、地元の山岳信仰との軋轢、傲慢な県職員のいやがらせ、そして天候の壁...様々な要素が、地図の測量隊が「剣岳」の頂上に立つ障害となる。そして苦労の末「初登頂」だと思っって立った山頂には、数百年前のものであろう朽ちた剣などがあった。この物語は、「剣岳」の困難さとともに、「初登頂」の意義も考えさせられる。お気楽ハイカ-の私には、「初登頂」など考えもしないことだが、クライマ-たちにとって、名を残すと言うことは大きな意味があるのだろう。
「魔法のことば」、星野道夫
このところ、星野道夫の本を頻繁に読んでいる。彼のアラスカでの生活に基づいた話は、私を魅了してやまない。「魔法のことば」は、彼の講演集である。彼はいろんな所に呼ばれて講演している。そしてこの本は、彼の没後、彼の意思とは無関係に関係者によって出版されたものだ。彼がこの本を出したかったかどうか、私にははなはだ疑問である。
関係者の前書きに、この本は一度に読まず、一編ずつ、一週間くらいの間をとって読むのがいいとあった。何のことかわからなかったが、読み始めてすぐにその意味がわかった。彼の講演はいろんな場所でしているので、そのたびに聞く人は違う。しかし、講演内容には大きな重複がある。10回以上の講演を集めたこの本の、各講演の内容の大元は同じである。それはまるで、同じ歌を同じ歌手が、多少違うアレンジで、10回録音した物を集めたCDと言うようなものである。そんなCDを買うのは、よほどのファン以外になく、CDそのものの客観的価値は、決して高いとは言えないだろう。お勧めにしたがって、ちょっと時間を置きながら読んだが、さすがに5回目くらいでいやになった。どんなにいい話でも、5回聞かされたらいやになる。どういう経緯でこの本が出版されたかわからないが、残念ながら、「利益」の追求以外に出版理由は考えらない。その意図はなくても、著者を貶める結果になっているのではないかと思う。残念だ。
「酒にまじわれば」、なぎら健壱
なぎら健壱による、酒に関する与太話エッセイ。大変面白く、後に何も残らないのがいい。私にとってなぎら健壱は「葛飾にバッタを見た」(だったかな?)を歌った人であり、それ以外の何者でもない。彼のことはほとんど知らないが、その名を聞くと、なぜか佐藤蛾次郎のヴィジュアルがイメージされる。そして、小室等のライブ・レコ-ドに
>そのころ 陽水のギャラが1万で僕が2万でした、はっきり言って倍です
>まあ、陽水君もがんばってくれたまえとか言ってると ほんとうに頑張っちゃって
>一時は1000倍、1000万というギャラを取るようになって
>それでこのニュース(陽水が麻薬で捕まった事件)...
>「うぇっ、陽水が捕まった? なんてことをするのかな」という言葉の裏腹に...
>「ざまあみろ」、これは働くもんでございます人間として...
というMCで参加?している人である。なぎら健壱恐るべし。酒を飲むのもほどほどにしなければならないと深く思う今日このごろである。
「死の壁」、養老猛司
「バカの壁」にはあまり感銘を受けなかったが、この「死の壁」は興味深く、とても納得のできる話だった。
何かをしでかして、「あの時の私は本当の私ではなかった」などという在りがちなコメントを痛烈に論破する。あの時の私も本当の私であり、今、「あれは本当の私ではなかった」という自分もほんとうの私なのである。自分さがしに行こうとするのも本当の私なら、さがしたあと何もなかった嘆くのもほんとうの自分である。
私は、「死後」というものを観念的にとらえられない。そこから続くものはなく、いわゆる「The End」なのだと思う。死後の世界とかいうものは、生きているものが勝手に想像する世界であって、それは存在しないと思っている。死んだ人は、なくなったのであって、その人自体の存在はなくなる。ただ、その人が存在したという、他の人の記憶や記録のの中にのみ、存在し続けるのだと思う。
著者は「死」のタイミングは、社会的なもの(それぞれの社会が容認している概念)が決めるという。それは、「死んだ人」にどのタイミングで「村八分」を宣告するかを決めるル-ルのようなものだと。戒名を与えて、生きていた時と違う名前で同じ人のことを呼ぶことは、すなわち自分たちの社会から死者を村八分にすることなのだと...だから、脳死の問題も医学的には決められず、社会的に決める事柄だと。
もう一度読み返したい本である。
「Story Seller」、 新潮社編集部
伊坂幸太郎、近藤史恵、有川浩、米澤穂信、佐藤友哉、道尾秀介、本多孝好の7人の作家によるオムニバス、中短編集。どの作家の作品も斬新で楽しい。中でも有川浩の「スト-リ-セラ-」は、ありえない内容ながら、楽しく読めた。「阪急電車」と同じような温度を感じる。この様な本を買って、読んだことのない作家に出会うのもいい。近藤史恵、米澤穂信、佐藤友哉は始めて読んだ。米澤穂信はまた別の本を買いたいと思った。
CATS again [音楽・舞台]

3年ほど前、ソウル、ロッテ・ワ-ルドに隣接する劇場でCatsを見た。感動した。そして、DVDを買い、何回も見た。何度見ても楽しめるすばらしいエンタ-テインメントだと思う。そのCATSが「30周年」という看板を下げて、ソウルの同じ劇場に帰ってきた。90日ほどの公演である。前回見たのは、外国人たち(韓国人ではないという意味)によりCATSだったが、今回は、出演者(出演猫?)はすべて韓国人の俳優たちである。韓国のミュ-ジカルや音楽、舞台の質の高さは体験済みなので、このCATSも楽しみにしていた。でも、チケット獲得に動くのが遅かったせいだろう、週末のいい席はSold Out、なんとか、火曜日夜8時のチケットが手に入った。今回心配したのは、何回もDVDを見たので、私の中で「あるべきCATS」の姿が出来上がってしまっていて、それと異なるものは認めようとしないのではないかという点である。
CATSのユニ-クさは何と言っても、舞台にいるのがすべて人間が演じる猫だということ。スト-リ-は、ほとんど人間社会で起こりうることだけど、それを演じるのは猫になりきった人間たち。しぐさの端々に猫らしさを表現している。ほとんどの猫たちが常に舞台のどこかにいて、歌を歌っていない踊りを踊っていない時も、常に猫を演じている。私は、取り立てて猫好きではないが、それらを見るのはとても楽しい。人に外見や性格の違いがあるように、すべての猫は違う。そして、私の妄想は広がる。「DOGS」という舞台は成り立つだろうか?もちろん、犬にも犬の社会があるから、ある程度のスト-リ-はできるだろうが、犬社会は人間社会と結びつきが強すぎて、「CATS」のような演出は、難しいように思える。それならいっそのこと、「FROGS」の方が舞台になりそうだ。しかし、俳優たちは2時間の間、ずっと蛙飛びで演技をしなければならないので、かなりきついだろう。そう考えると、「CATS」という選択は必然的なように思える。

当日、特別早く退社して、一旦家に帰り、簡単な夕食後劇場に出向いた(家から劇場まで歩いて10分足らず)。20分前に着いたが、劇場のホ-ルはごった返した人の熱気でむんむんしている。何もすることがないのですぐ席に着く。コンサ-トなどに行って常々思うことだが、開演ぎりぎり(1分前とか)になってようやく会場に入ってくる人がいる。、しかも、かなりの数。すっかり観賞モ-ドに入っている人にはちょっと興ざめだ。遅刻しているわけじゃないので目くじらを立てる必要も権利もないが、ゆっくり舞台なり音楽を鑑賞しようと思えば、それなりの気持ちの余裕がいるように思う。山でもそうだったが、こういう場合でも、人の前を通って中の方の席に入っていく場合、「ちょっとすみません」と声をかける人の割合はそんなに高くない。ちょっと???である。また、そういう人に限って、終演後の挨拶や、賞賛とアンコ-ルの拍手をする前に席を立って会場を出て行く...まるでTVのチャネルを替えるように。まあ、それぞれご都合もあるんでしょうが...
照明が落ち会場の通路から、一匹そしてまた一匹と猫たちが舞台に上がっていく。ジェリクル・ナイトが始まる。耳に馴染んだ音楽、リズミカルな歌、そしてシャ-プなダンス。とても素晴らしい出来だと思った。安心して楽しめた。歌はすべて韓国語だったが、スト-リ-はすっかり頭に入っているのであまり気にならない。あらためて韓国人俳優たちの歌のレベルの高さに驚く。ただ、CATS、すなわち猫のことを韓国語でコヤギ(고양이)と言う。歌詞に多分一番多く出てくる単語がCATS、それが「コヤギ」と訳され、それが子山羊を連想させられるので、猫の話なのか山羊の話なのか...白ヤギ.さんたらお手紙食べた...
気になったのは、舞台照明がちょっと暗すぎるように思えたこと。奥の方がよく見えない。またスポットライトも控えめだった。
オールド・デュトロノミ-役の俳優が小柄だったことも気になった。猫たちの長老的な役で、精神的にもとても大きな存在。DVDでも大柄の俳優さんが演じてその存在感が十分出ていたが、今回の舞台では、割と小柄な俳優さんで、ちょっと貧弱に見えた。風采が上がらない感じで、最近、長年の裁判の終結で話題になった、某宗教組織のグルだったという殺人者のように見えたのは私だけだろうか。このあたり、心配していたDVDの刷り込みによる偏った見方になっていたのかもしれない。
さらに言うならば、(とても素晴らしいと言っているのに文句が多い)、ハイライトの一つ、Memoryの歌が今ひとつだったのは惜しい。歌そのもののせいなのか、音響ミキシングのせいなのか、それとも私の期待値が高すぎたのか。心を揺さぶるはずのこの歌、音量は大きくて身体は揺さぶられたように感じたが、それが胸の奥に沁み込んで来なかった。
> Touch me, it's so easy to leave me
> All alone with the memory of my days in the sun
> If you touch me you'll understand what happiness is
> Look, a new day has begun
猫も人間も、幸せが何であるのを理解することは永遠のテ-マなのだろう。

友遠方より 来る 2011 秋 (3) [友だち]
秋の来客、最後は、Eさん、会社の1年先輩である。かつて、日本で同じ部署にいたことがある。今回は仕事で韓国に来ていて、「ちょっと会える?」とメールをくれた。前の日に言わないで、もう少し早く言って欲しい。ソウルは初めてだという。
Eさんが滞在する明洞のホテルのロビ-で待ち合わせ。土曜の朝、Eさんを待つ間、そのホテルにはたくさんの日本人観光客が出入りしていた。90%以上が女の人だ。一般的に海外に遊びに出る日本人は女性比率が高いのか、それともそれがソウルにのみ顕著なのかはわからない。Eさんのためにソウル初心者コ-ス(私も上級者コ-スは知らない)、景福宮へ行く。時間を合わせて無料日本語ガイドのグル-プに入った。その日のグル-プは30人ほどの大所帯だった。私が案内すると、「あれが大きな門ですね、韓国的できれいでしょ。そしてあれは池です、なかなかしゃれてますね。まあ、あとは基本的に同じです」と、ガイドが3分で終わってしまうが、さすがに専門のガイドは、「そもそも豊臣秀吉が...(何でその名前が始めに出てくるの?)」と、詳しいことを教えてくれる。ちょうど1時間で大雑把に宮殿を回れた。Eさんは写真を撮るのに忙しく、あまり説明を聞いているようではなかった。景福宮近くの老舗、「土俗村」でサムゲタンを食べる。おいしい。私たちが店を出る頃には相変わらず店の前に長い行列が出来ていた。




景福宮を歩きながら、Eさんは語る。
「雀翁、俺なぁ、今、バンドやってんねん。高校時代の友達と3x年ぶりに復活や。いわゆる親父バンドゆうやっちゃな。やってたらなあ、いろんな人と横のつながりとか出来て、めっちゃ楽しいねん。会社の人には一切言ってないから、そのつもりで。ボランティアにも登録しててな、たまに老人ホ-ムとかにも呼ばれんねん。古い歌とかやったら、みんないっしょに歌いはんねんで、感動的や。でもな、そういう所には絶対こっちから行きましょかとか言わんと、呼ばれたときだけ行くようにしてる。中には押しかけみたいな人たちもおって、来てもらう側もけっこう迷惑そうやし。こないだ、神戸のC-ジョ-ジ(神戸では老舗のライブハウス)に出てん。俺らの曲なんか受けへんと思たけど、ごっつい受けた。みんな、ええのりやった。ほんまに楽しかった...」。先日のFさんのピアノと言い、このEさんの親父バンドと言い、みなさん、人生を楽しんでる。素晴らしい。とてもいい刺激になった。
一旦ホテルに帰り、Eさんが娘さんから頼まれているというLVのサイフを買うために、ロッテ・デパ-トの免税店に行く。そう言えば、うちの家族、私を除く3人(妻、息子、娘)はLVのサイフを持っている。スポンサ-の私は持っていない(何故???)。「娘さんの趣味がわかるんですか?」、「大丈夫、希望の型番を聞いてるから」とEさんは携帯からそのデ-タを引き出そうとしたが、なかなか探し出せない。「消したんかなあ?」、ため息をつきながら、娘さんに国際電話をかけるEさん。「神様が買わなくていいって言ってるんじゃないですか?」。ようやく型番を聞き出したEさん、LVのサイフ・カウンタ-嬢に「XX-YYYが欲しいんですけど」、さすがロッテの免税店100%日本語で買い物が出来る。「ああ、それは今切れてるんです、在庫がありません」、あっさり返答される。「他のLVの店にもないんですか?」、電話をして聞いてもらったが、「ソウルのLVの店では、どこも品切れのようです」。肩を落とすEさん。。「やっぱり、神様が買わなくていいって言ってるんじゃないですか?」。「空港の免税店で探してみる。なかったら第2希望も聞いてるから」、どこまでも前向きなEさんである。後で聞いたところでは、空港のLVの店に第1希望のブツがあったようである。
「ナンタ」を見る。Eさん、その完成度の高さに無邪気に喜ぶ。「ええもん、見せてくれてありがとう」、そう言われると。私がナンタをプロデュ-スしてるわけでもないのにうれしい。私も久しぶり(3年ぶり?)に見たので、改めて「ナンタ」の楽しさを味わった。それから、時間があったので、渋るEさんを地下鉄に乗せて、インサドンに行った。すごい人出である。伝統茶を飲み、チョンノに戻る。Eさんが渋ったのは「疲れた」というのである。「雀翁、歩くん早いわ」とブウたれる。確かにこの日、後で万歩計を見ると16,000歩いていた。「Eさん、人生を楽しく生きるにはしっかり歩くことです」、先輩であれ容赦はしない。午後6時。妻が合流して韓国宮廷料理を食べる。想えばEさん一家とも(今回来たのはEさんだけだが)長い付き合いである。ホテルまで案内し、「ちょっと休んでサウナにでも行ってくる」というEさんと別れた。「Eさん、サウナはちょっと気を引き締めて行った方がいいですよ」。私の経験から、韓国のサウナは、素人にはだらっとのんびり出来る所ではないような気がする。「わかってる。女房からアカスリはやめといた方がいいって聞いてるし...」。Eさん、無事だったのだろうか。


Eさんが滞在する明洞のホテルのロビ-で待ち合わせ。土曜の朝、Eさんを待つ間、そのホテルにはたくさんの日本人観光客が出入りしていた。90%以上が女の人だ。一般的に海外に遊びに出る日本人は女性比率が高いのか、それともそれがソウルにのみ顕著なのかはわからない。Eさんのためにソウル初心者コ-ス(私も上級者コ-スは知らない)、景福宮へ行く。時間を合わせて無料日本語ガイドのグル-プに入った。その日のグル-プは30人ほどの大所帯だった。私が案内すると、「あれが大きな門ですね、韓国的できれいでしょ。そしてあれは池です、なかなかしゃれてますね。まあ、あとは基本的に同じです」と、ガイドが3分で終わってしまうが、さすがに専門のガイドは、「そもそも豊臣秀吉が...(何でその名前が始めに出てくるの?)」と、詳しいことを教えてくれる。ちょうど1時間で大雑把に宮殿を回れた。Eさんは写真を撮るのに忙しく、あまり説明を聞いているようではなかった。景福宮近くの老舗、「土俗村」でサムゲタンを食べる。おいしい。私たちが店を出る頃には相変わらず店の前に長い行列が出来ていた。




景福宮を歩きながら、Eさんは語る。
「雀翁、俺なぁ、今、バンドやってんねん。高校時代の友達と3x年ぶりに復活や。いわゆる親父バンドゆうやっちゃな。やってたらなあ、いろんな人と横のつながりとか出来て、めっちゃ楽しいねん。会社の人には一切言ってないから、そのつもりで。ボランティアにも登録しててな、たまに老人ホ-ムとかにも呼ばれんねん。古い歌とかやったら、みんないっしょに歌いはんねんで、感動的や。でもな、そういう所には絶対こっちから行きましょかとか言わんと、呼ばれたときだけ行くようにしてる。中には押しかけみたいな人たちもおって、来てもらう側もけっこう迷惑そうやし。こないだ、神戸のC-ジョ-ジ(神戸では老舗のライブハウス)に出てん。俺らの曲なんか受けへんと思たけど、ごっつい受けた。みんな、ええのりやった。ほんまに楽しかった...」。先日のFさんのピアノと言い、このEさんの親父バンドと言い、みなさん、人生を楽しんでる。素晴らしい。とてもいい刺激になった。
一旦ホテルに帰り、Eさんが娘さんから頼まれているというLVのサイフを買うために、ロッテ・デパ-トの免税店に行く。そう言えば、うちの家族、私を除く3人(妻、息子、娘)はLVのサイフを持っている。スポンサ-の私は持っていない(何故???)。「娘さんの趣味がわかるんですか?」、「大丈夫、希望の型番を聞いてるから」とEさんは携帯からそのデ-タを引き出そうとしたが、なかなか探し出せない。「消したんかなあ?」、ため息をつきながら、娘さんに国際電話をかけるEさん。「神様が買わなくていいって言ってるんじゃないですか?」。ようやく型番を聞き出したEさん、LVのサイフ・カウンタ-嬢に「XX-YYYが欲しいんですけど」、さすがロッテの免税店100%日本語で買い物が出来る。「ああ、それは今切れてるんです、在庫がありません」、あっさり返答される。「他のLVの店にもないんですか?」、電話をして聞いてもらったが、「ソウルのLVの店では、どこも品切れのようです」。肩を落とすEさん。。「やっぱり、神様が買わなくていいって言ってるんじゃないですか?」。「空港の免税店で探してみる。なかったら第2希望も聞いてるから」、どこまでも前向きなEさんである。後で聞いたところでは、空港のLVの店に第1希望のブツがあったようである。
「ナンタ」を見る。Eさん、その完成度の高さに無邪気に喜ぶ。「ええもん、見せてくれてありがとう」、そう言われると。私がナンタをプロデュ-スしてるわけでもないのにうれしい。私も久しぶり(3年ぶり?)に見たので、改めて「ナンタ」の楽しさを味わった。それから、時間があったので、渋るEさんを地下鉄に乗せて、インサドンに行った。すごい人出である。伝統茶を飲み、チョンノに戻る。Eさんが渋ったのは「疲れた」というのである。「雀翁、歩くん早いわ」とブウたれる。確かにこの日、後で万歩計を見ると16,000歩いていた。「Eさん、人生を楽しく生きるにはしっかり歩くことです」、先輩であれ容赦はしない。午後6時。妻が合流して韓国宮廷料理を食べる。想えばEさん一家とも(今回来たのはEさんだけだが)長い付き合いである。ホテルまで案内し、「ちょっと休んでサウナにでも行ってくる」というEさんと別れた。「Eさん、サウナはちょっと気を引き締めて行った方がいいですよ」。私の経験から、韓国のサウナは、素人にはだらっとのんびり出来る所ではないような気がする。「わかってる。女房からアカスリはやめといた方がいいって聞いてるし...」。Eさん、無事だったのだろうか。








