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群山での結婚式 [ソウルでのこと]

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韓国で何回か結婚式に出ている。部署のNさんが招待状をくれた(韓国では招待状は参加不参加に限らず、たくさん出す)。場所は彼の出身地、群山だという。もちろん、群山と言われてもどこなのかわからない。説明によれば、ソウルから約220kmほど南西に行った、黄海に面した町らしい。当日、会社の前からバスを出してくれるということだったが、自由行動をしたかったので、車で行くことにした。部署のJさんに無理を言って彼のナビを貸してもらった。私の車にもナビがあるが、英語バ-ジョンであまり需要が無く、ほとんど更新されていない。前も、高速を走っていると、ナビでは山の中の何もない所を走っていると表示され、道に迷った経験がある。ナビを使う方が道に迷いやすいという大変ありがたいナビなのである。もちろん、Jさんのは韓国語表示だが、ナビの言うことなんて大体きまっている。もうすぐ高速から出ろとか、あと300mしたら左へ曲がれとか、レ-ダ-に気をつけろとか、うどん屋に立ち寄れとか...だいたい、スクリ-ンに絵が出るのだから、普通の想像力を持っていれば十分使える。問題は行き先の入力なので、それはJさんにあらかじめ設定してもらった。

ソウルから出て行くあたりで渋滞にあったため、3時間半ほどかかった。紫色の結婚式場が見えてきたので、ナビを終了し、地下駐車場へ車を入れる。駐車場と言うよりガラクタ置き場のような所だった。建物の紫の色は、いくら韓国人が好きと言っても、ちょっと奇抜である。まあ、地方都市にはこのような結婚式場しかないのかなと思って、中に入る。あまり賑っていないようだ。早くつきすぎたのか。レセプションがあって、本日の式の予定表があった、一組だけである。おお、貸切状態かと、念のため、新郎新婦の名前を確認した。ん?Nさんの名前が無い。おかしいな。厄介な事情で、土壇場に新郎が替わったんだろうか?それともNさんが本日から名前を替えたのだろうか??? そして私は重大なことを思い出した。先ほど、ナビを切るとき、あと200mで目的地に到着と表示があったのだ。それくらいの誤差はあるのかな? でも、実際式場に着いたから合っているだろうと、一抹の不安を覚えながら、ナビを切ったのだ。まさか??? 正面玄関から出て道の先を見るとお城のようなビルが見えた。疑惑は確信へと替わる。200m先に別の結婚式場がある...

もう一つの結婚式場は大変繁盛していた。駐車場はいっぱいで、レセプションは年始めのバ-ゲン会場のようである。ホールも3つあった。ようやくその1つに、新郎Nさんの名前を見つけた。記帳も何も無く、ただお祝の入った封筒を受付に出す。「何人ですか」と聞かれ、それが食事の人数だということがわかっていたので、食券?を2枚もらう。会社の人の顔もちらほら見える。受付の前で封筒にお金を入れている人も多い。用意してこないのだろうか?さらに観察すると、なんと、「祝結婚」と印刷された封筒(空)が受付の机に置いてあるのだ。その封筒を使ってお祝を渡している。お祝というより、集金袋のような感じだ。私の出した封筒の裏の名前を見て、「変なやつが来たな、一応知らせておくか」と言うように感じで新郎を呼んでくれた。Nさんに韓国語でお祝を言う。それにしても、この日のこの式場はやたら混んでいた。Nさんが式を挙げるホ-ルはまだ前の団体?が使っていた(もう10分前なのに)。前の団体が出て行って、さっと掃除ができたのは、開式の3分前だった。このあたりは大変大らか?である。

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式が始まる。新郎新婦の母親が2人並んで入場し、前の式台のろうそくに火を点ける、新郎がひとり入場。新婦が父親と手を組んで入場。式台の前に新郎新婦がそろうと牧師さんの説教?が始まる。何を言っているかはまったくわからない。そして、驚いたことに牧師さんは一人であの第九「喜びの歌」を独唱し始めた。え、賛美歌隊とかいないの? 独唱? 何? と思っているうちに歌は終わる。新郎新婦は誓いの言葉をそれぞれが読み上げる。友人であろうか、一組のカップルが賛美歌を歌う。牧師さんよりうまい。そのあと、新郎新婦はそれぞれの両親の前で深々とお辞儀をして退場...その間約20分。牧師さんの話が長めだったので普通より長い式だった。

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後ろを振り向くと、参列していたはずの会社の人たちの姿が見えない。ごはんを食べに行ったのだ。韓国では、式場にブッフェがあり、式の前か後に、参列者はそれぞれ勝手にご飯をたべるというシステムである。いわゆる披露宴は無い。親族の写真を撮り出したので私たちもブッフェ会場に向かう。会社の人たちがいて、「すみません、先に来ちゃって。あと10分で帰りのバスが出るんです」。これまでの経験から、結婚式のブッフェは似たり寄ったりで、特別なものは出ない。でも妻は何故か、「今までで、ここのが一番おいしい」と満足げである。外は寒いし、地球の歩き方で見ても、何も見るものはなさそうだったので、ゆっくりご飯を食べ、帰路に着いた。帰りも約4時間かかった。

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Musical MammaMia マンマ・ミ-アと日曜出勤 [音楽・舞台]

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1月8日、ミュ-ジカル、マンマ・ミ-アを見に行った。ソウルの山手線/環状線、地下鉄2号線をうちの家のあるチャムシルから約半周(40分ほど乗車)し、シンドリン駅に隣接するT-Cubeア-トセンタ-(コンサ-ト・ホ-ル)を目指す。年末、京都を歩いていた時、京都劇場で上演中の劇団四季によるマンマ・ミ-アの宣伝をよく見た。いつか、日本のミュ-ジカルも見たいと思う。前回のCatsがそうであったように、今回もすべて韓国人俳優による舞台である。韓国人俳優ののミュ-ジカルにおける質の高さは何回も経験済みなので何の心配も無い、ただ舞台を楽しみたい。

この作品は一度映画バ-ジョンをDVDで見ている。世界でも屈指のヒット・ミュージカルだ。ABBAのヒット曲に乗せての舞台はとても楽しい。前日、復習のためにとABBAの古いDVDを見る(何故これが我が家にあるのだろう?たぶん、近所のス-パ-で500円くらいで売ったいたものを買ったと思われる)。このABBAのDVDは、けっこうきつかった。曲はいいのだが、Visualがどうもいただけない。頭の中にスウェ-デンの金髪美人というイメ-ジがあったが、DVDの中では、けっこう体格の立派なお姉さんたちが歌っていらっしゃった。Dancing Queenを聞いても、テンポが非常に遅いように感じてしまう。もちろんこれは錯覚で、ABBAが活躍した時からすでに30年近く経っているので、当時と今ではダンス・ミュ-ジックのテンポがまったく違い(早くなっていて)、いかに現代音楽に精通していない私と言えども、違和感を感じてしまったのだ。ABBAの責任ではない。

舞台はエ-ゲ海の小島、結婚式を控えたソフィ-が、母親の日記に基づいて招待した3人の父親候補を待つところから始まる。終わりの幕が下りる寸前まで、私はこのソフィ-が主役なのだろうと思っていた。しかし、実際の主役は母親のドナ、そしてかつてドナとバンドを組んでいた二人の女友達、さらにドナの3人の元恋人たち(ソフィ-の父親候補)である。予期せぬ3人の元恋人たちの出現に苦悩するドナ、それを励まし、そして茶化す友達、「俺こそが」の父親候補たち...ドタバタで、とても楽しい。ただ、歌を含めすべてが韓国語なので映画などで予習をしてないと、まったく筋を追えない。スト-リ-が終わり、サ-ビス・カ-テンのような感じでDancing QueenとWaterlooがドナと女友達によって歌われる。会場は総立ちとなり、手拍子が鳴り響いた。演出とは言えすばらしいエンディングで、見た者に納得感を与える。終わり良ければ全て良しである。日本のマンマ・ミ-アと見比べたいと思った。

Musucalとしては楽しいが、父親の顔を知らずに育ち、結婚式の日に3人の父親候補が現れるという物語の設定はどんなものだろう。この設定をすっと受け入れられないと、Musicalが楽しくなくなる。倫理がどうのとか考え出すと、ABBAのDisco Numberを踊っている場合ではなくなってしまうのだ。実生活では、そういう修羅場に出くわさないことを願わすにはいられない。


ミュ-ジカルを堪能した後だが、1月の始めは、世界中のFinance担当者の宿命で忙しい。日曜の午後だと言うのに、会場から会社へ直行した。最寄地下鉄駅で差し入れのド-ナツを買う。午後6時、4人の部員が働いていた。私がマンマ・ミ-アを見ていた間も彼らは働いていたのだ。非情に申し訳ない。ただ、言い訳をすれば、彼らの仕事にある程度の目途が立たないと私の出番はない。韓国では節電対策として、20度以上の部屋では暖房が禁止されている。政府職員はいつでも抜き打ち検査をする権限を持ち、もし違反が見つかった場合、罰金を含む罰則がある。確かに部屋の温度計は20度を指していたが、窓際から冷気がそこはかとなく漂ってきて体感温度はけっこう低い。みんなオ-バ-を来て仕事をしていた。データをもらって必要な試算をし指示を出した。9時過ぎ、ようやくひと段落して解散。帰りの寒い道を歩く私の頭にはまだDancing Queenのメロディ-が流れていた。

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12月の読書 ぼんやりの時間、夢をかなえるゾウなど [本]

12月に入ってやたら気温が下がり、マイナスを記録するようになった。雪が降り危ないので、もう山にも行けない。ソファ-と熱いコ-ヒ-にチョコレ-ト、そして本があれば、私は冬眠ならぬ冬読を楽しむことができる。


「君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話」、宇江佐真理
「東海道五十三次」、山下清
「テルマエ・ロマエ 1~3」、ヤマザキマリ
「ぼんやりの時間」、辰濃和男
「とりつくしま」、東直子
「嘘をもうひとつだけ」、東野圭吾
「夢をかなえるゾウ」、水野 敬也


「君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話」、宇江佐真理
久しぶりにこのシリ-ズを読んだ。肩のこらない時代小説。今回は少年たちの大人への脱皮。武士階級の子弟は、元服をして前髪を落とす。きっちりした大人の世界への出発の儀式があった。この大人とは、たぶん「自分で責任を取る」ということだろうか。その方法や形式はともかく、通過儀礼として意義のあることのように思える。現在日本では、法律によって、20歳の誕生日がそれに当たる。しかし、それは事務処理としての法律的のそれであって、一人一人にその覚悟が出来ているとは思えない。また、成人式には元服のようなピンと張った緊張感はない。人が大人になるのは、その数字としての年齢ではなく、覚悟の如何が問われるように思う。ほのかに思った人の花嫁姿を乗せる小船を、橋の上からそっと見送る、そうやって少年は大人になって行くのかも知れない。


「東海道五十三次」、山下清
11月、我が家に来てくれたFさん夫妻のお土産。来韓前に美術展に行って、買ってくださったそうである。山下清といえば、ずいぶん前に日曜の夜、芦屋雁之助主演のTVドラマで見たような記憶がある。貼り絵の画家と言う印象を持っていたが、この本は、ペンのスケッチだ。いわゆる企画もので、編集者とともに東海道五十三次の街へ出かけ、そこの風景を描く。それぞれ一片の彼のコメントとともに、五十三のスケッチが一冊の本になっている。絵の良し悪しはまったくわからない。でも、好きだと感じる。彼の短いコメントは楽しい。時々、この宿場には描くべきものがあまりないなどと、正直な感想を述べている。また、彼自身が「ルンペン」として訪れた当時の思い出話もとても楽しい。コメントの語り口が、TVのドラマで見たのとほとんど同じなので、読んでいると芦屋雁之助の声が聞こえてきてしまう。ただ、山下清がこの企画に乗り気でないような雰囲気が漂っていて、ちょっと切ない。


「テルマエ・ロマエ 1~3」、ヤマザキマリ
いただきものが続く。この本は10月末、我が家に来てくださったSさんからいただいた。しかも、日本に戻られてから、わざわざ、「これ、今私が嵌ってるもの」と、黒砂糖のお菓子とともに送ってくださったのである。黒砂糖のお菓子はとてもおいしかったので、あっという間になくなり、この3冊の本がしばらく本棚にくすぶっていた。よくわからないコミックだが、基本的に「ロ-マ時代の浴場の設計士が、現代日本の銭湯や温泉にタイムスリップして来て、ロ-マの浴場建設のヒントを得る」という展開である。コミックは久しぶりに読んだ。スラムダンクを何回か読み返したあとは、とんとご無沙汰している。著者自身、ローマ帝国に造詣の深い?イタリア人と結婚しているので、そのあたりの知識は深いのであろう。スト-リ-に出てくる、当時のロ-マ市民の浴場に対する大変な思い入れがなんだか不思議だ。しかし、古代遺跡でよく「浴場の遺跡」などがあることを思うと、ひょっとして、古代ロ-マ人は、大変な風呂好きだったのかも知れない。私は毎日シャワ-で済ませ、「浴槽に浸かる」ということは温泉にでも行かない限り縁のない生活をしている。お風呂に対する思い入れもたいしてない。水圧のしっかりしたシャワ-があればそれで満足だ。面白い本だが、続きを買いたいとは思えない。コミックはすぐに読めてしまうので、それにかける時間に対し、物理的な重さや体積がかなり大きい(要はかさばる)という不都合があるからである。


「ぼんやりの時間」、辰濃 和男
元新聞記者の著者がぼんやりする時間を持つことが以下に大切であるか、また有意義であるかを説いた本。「ぼんやり」が「有意義」というと逆説的だが、この本の例に上げられているように、たくさんの著名人が、人生において「ぼんやりする時間」の重要性を熱く語っている。特にクリエイティブな仕事をする人にはそれが欠かせないと。例えば、池波正太郎は、散歩を日課としており、2~3時間ぼんやりと歩いたのだそうだ。ある日、川の流れを見ていたら知らぬ間に2時間経っていたとか...私たち小人はぽんやりすることがどうも苦手である。何かをしていないと落ち着かない。「こんなことをしていてはいけないのではないか」とあせってしまう悲しい習性を持っている。「ぼんやりする」いうのは「何もしない」とは同義語ではない。確かに、高さ50mのつり橋の上ではぼんやりすべきではないだろうし、一生を賭けた資格の試験中にもぼんやりすべきではない。でも、山を歩いていてもぼんやりできるし、座禅を組んでいてもぼんやりできるだろう。もちろん南国のビ-チに寝そべってぼんやりすることも出来る。要は精神を解放する時間を持つということだろう。この夏、カナディアン・ロッキ-でガイドをしてくれたIさんが、「山を歩いていると、それもけっこう急な上り坂を歩いていると、歩くことに集中して心が空っぽになるんです。それがとてもいいんです」と言っていたのを思い出す。大いに納得できる話しである。


「とりつくしま」、東 直子
死後、時間を限って現世に戻ることを許される、誰かの身体に乗り移るなど、死後の「もし」をテ-マにした作品は多い。浅田次郎の「椿山課長の7日間」などはその代表作だろうか。仏教の輪廻思想でも、生まれ変わってまた何かになる。ただこれらすべて、死後または生まれ変わってなるものは、「生物」限定である。生まれ変わって貝になることはあっても、主のいない貝殻にはならない。輪廻で、前世は便器の蓋でしたというのは聞いたことがない。さて、本編、「とりつくしま」は、死後、「非生物」限定で何か物体に取り付くことができるという設定である。何故「非生物」かというと、生物にはすでに先住の魂が宿っているから無理との説明だ。中学生の野球部ピッチャ-を息子に持つ母親は、死後、「とりつくしま係り」の担当官に、息子の最後の試合のマウンドのロージンにとりつきたいと願う。憧れの人のリップ・クリ-ムにとりつく女の子もいれば、義理の息子に買ってやったカメラにとりつく老婦人、残した妻の日記帳にとりつく夫もいる。それぞれのエピソ-ドが、楽しい。さて、こういう本を読むと、「自分なら...」と考えるのが人情である。そこで、「自分なら...」と考えたが、正直、何も思いつかない。すでに子供は独立し、少なくとも残された家族が経済的にやっていける道筋はできつつある。物に執着もない。その時が来たら、この世からきれいさっぱり消えてなくなりたいと思うのである。「ゲゲゲの女房」の父親が、「ああ、もう終わりか、面白かった」と旅立って行ったように。やり残したことがたくさんあっても、タイムアップはタイムアップだ。「とりつくしま係り」は、現世に未練を残した人だけに声をかけるということだから、私には声がかからないだろう。


「嘘をもうひとつだけ」、東野圭吾
久しぶりに東野圭吾の本を読んだ。ずんずん読めて、あっという間に残りペ-ジがなくなってしまい、もうちょっと読みたいなと思った。物語は、刑事加賀恭一郎のシリーズ物の短編集である。どの編にもしっかりしたトリックがある。でも、ミステリ-を読むとき、私にとって最も大切なのは、納得できる動機である。どんなに巧妙なトリックがあろうと、「そんなことで人は殺さんやろ」と思ってしまうと、もう読めなくなってしまう。もちろん、「人を殺したいと思う理由」は人それぞれで、現実の社会でも「そんなことで人の命に手をかけるのか」という事件はよくある。最近ではほとんど理由のない殺人が珍しくなくなってきている。非常に悲しいことだ。でも、小説として読ませる以上、そのあたりはきっちりとして欲しい。納得できる動機...つくづく人は勝手だと思う。ところで、加賀恭一郎の被疑者に対するアプロ-チが刑事コロンボのそれに重なって見えるのはわたしだけだろうか?


「夢をかなえるゾウ」、水野 敬也
バンコクに住んでいた時、会社の近くの四つ角にゾウの顔を持つ神様(エラワン)が祀ってあった。毎日たくさんの人がお参りに来て、花や踊りを捧げていく。
さて、この「夢をかなえるゾウ」の主役?はガネ-シャというゾウの顔を持つ神様である。たぶんヒンズ-教系の神様だろう。この神様が、自分の境遇に不満を持つ、でも実行力のないあきらめの早いサラリ-マンに、自分を変え・成功へと向かう方法を指導していくフィクションだ。めちゃくちゃおもしろく、かつ、何度もうなずかされる。読み終わったとたん、また最初から読み返すという経験を始めてした。2度読んでもおもしろい。そして面白いだけでなく、ためになる、ような気がする。私はいわゆるビジネス書がきらいなのでよくわからないが、たぶんこの本に書いてあるようなことが細かく説明されているのだろう。そういう意味で内容的に新しいものではない。でも、やろうと言う気にさせてくれる本だと思う。成功への第1ステップは、「靴を磨け」である。「何故?」、誰もがそう感じる。本の中の青年も疑問に思い質問する。するとガネ-シャはあのイチロ-の例を出し自分の商売道具を大切にする理由をのべる。第2ステップは、「コンビニのお釣りを寄付せよ」である。「何故?」、思って当然である。すると、今度はロックフェラ-の例を出してくる。関西弁に違和感のある人にはちょっときついかも知れないが、そうでなければ、きっと楽しく読める本だと思う。

1つ明確なのは、行動しなければ何も変わらないということ。

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京都大原三千院 伏見稲荷でコンと鳴く [旅行]

娘が京都の大学に通っていた6年間、何回かその街を訪れ、そして好きになった。行く度に新しい発見のある古都である。この春、娘は東京へ発ったが、京都は私にとっても親しみのある街になった。年末、その京都をまた訪れることになった。本拠地の明石からは新快速に乗って約1時間である。四条烏丸の安ホテルで荷物を預け、早速、錦市場あたりから始める。とても込んでいたが、この市場は、京野菜、漬物、海産物、お茶、お米、お箸、食器、台所用品、扇子など、見るだけで楽しいもの満載である。特に年末ともなれば、それらしいものがずらりと並ぶ。和食器と生姜のおろし金を買った。河原町の交差点を過ぎ、鴨川を渡り、八坂神社を抜けて、高台寺の境内を通り、2年坂3年坂を歩いて、清水さんへ出る。みたらし団子を食べたり、汁粉屋に入り込んだり、いろんな店を冷やかしながら歩く。楽しい。山ほどの試食品とお茶までただで飲める「おたべ」の店にいると、お腹いっぱいカロリ-いっぱいになってしまう。清水さんに着いた時にはもう暗くなりかかっていたので、参拝はせず、来た道をホテルに戻る。夜は京都とは特に関係のない串カツ屋に行く。次から次へといろんな具材を揚げてくれる串カツは大好きだ。ホテルに戻ってくつろいでいると、夜11時過ぎ、同じく京都にいた娘が部屋にやってきたが、とても眠かったので、あいさつだけして眠ってしまった。

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翌日、NHKの「猫の手、カエルのシッポ」ですっかり有名になった大原へ行く。四条烏丸からバスに乗って約1時間。バスはどんどん山間に入っていく。大原にはずいぶん昔来た記憶がある。しかし、その記憶は三千院に行ったというだけの記憶で、はたして三千院がどんな寺だったかさえ覚えていない。バス停から10分ほどで三千院につく。山門のところで写真を写していた和服の中年女性...妻は「あれは絶対男だ」と言う。私はあまり注意を払っていなかったので、その真偽はわからない。でも、もしそうなら、何か深い事情があるのだろう(特に知りたくはないが)。本堂に行く前に、生まれて初めて写経なるものをした。誰もいない小さな部屋に机が並んでいて、「ご自由にどうぞ」という張り紙があった。経文は般若心経ではなく、たった2行の簡単なものだった。机の前に正座し、心を落ち着ける...と言いたいところだが、寒い部屋で正座をした足が痛くて、心も身体も落ち着かない。しかし、なんとか背筋を伸ばし、筆をとる。見本の上をなぞっていくだけだから、どう考えてもきれいに書けるはずなのに、私のもった筆ペンは、私の意志に反し、また見本にも反し、ただ私の書道能力に即して、情けない字を書き連ねる。写経により、心は整然とし煩悩を忘れ清々しい気分になるはずが、書き終わった自分の字を見て、心は乱れ、曇った気分で、「ペン習字でも習おうか」と、煩悩をむき出しにしてしまった。どうやら、私は写経に向いていないらしい。部屋の前のお盆に写経の紙を奉ずるように指示されていたが、こんなものを奉納したらかえってバチがあたるのではないかと危惧する。お庭を見て、阿弥陀さんを拝見してようやく心が落ち着く。三千院を後にして、音無しの滝へ向かう。シ-ズン・オフなのだろう、ほとんど人と出会うこともなく、山の道を川の上流へと歩く。とても気分がいい。写経のこともすっかり忘れられた。滝はそんなに大きなものではなかったが、趣のある静かな場所だった。Uターンして、寂光院へと向かう。お寺に入るつもりは無く、ただ大原の山里を歩きたかった。TVで見るベネシアさんの家のあたりの風景とは、ちょっと違ったが、のんびりしたいい所だった。足を伸ばして、田んぼの農道をぶらぶらする。しかし、よく考えれば、このような所は全国いたるところにある。わざわざ、大原まで来なくてもいいのだ。途中、道の駅のようなところで、「大根うどん」なるものを食べた。とてもおいしかった。夜は五条烏丸にある蕎麦屋に行った。前に娘が住んでいた関係で、何回か行ったことがある。蕎麦以外のものも美味しく、またテキパキしたスタッフのサ-ビスが気持ちいい。サラダ、各種牡蠣調理、漬物などで、ワインと日本酒を飲み、蕎麦で締めた。

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翌日、朝のうちにチェックアウトして、荷物を祇園の旅館に運んだ。最後の一泊は、何回か泊まった祇園の旅館ですることになっていた。荷物を預かってもらって、JR京都駅から伏見稲荷へ向かう。別にお稲荷さんを信仰しているわけではないが、今回は京都の中心部からちょっと外れた?所へ行こうという魂胆である。だいたい、稲荷神社が何者なのかまったくわかっていない。紅い鳥居ときつねののイメージがある他は何も知らない。そして実際に行った伏見の稲荷大社は、ものすごかった。総本宮の名に恥じない、とてつもない規模だ。山一つが稲荷大社とその姻戚の神々?によって覆われている。正月前ということで、初詣の用意が進んでいた。人ごみに弱い私は、人が繰り出す前の年末に来るのが正解だったようだ。さて本殿に詣でお賽銭を探った。財布の中の小銭は...2円。まさかの2円しかない。妻と分ければ一人1円。50を過ぎたいい大人が、お賽銭に1円て...しかし、それがいやなら、お札しかない。一挙に1000倍の千円だ。恥ずかしい話だが、未だに、お賽銭に紙を使ったことが無い。私は金属常用者である。私は宗教を持たない。あらゆる神仏を信じていない。それらを信じるには、今の世の中で起こっていることは酷すぎる。もし神仏がいるなら、そんな酷いことを看過するはずがない。神社やお寺にお参りするが、それは慣習的にするのであって、宗教的にするのではない。いろんな理屈をつけて、伏見のお稲荷さんにはまことに申し訳ないが、1円を奉じさせてもらった。そのくせ、「世界平和と、子供たちの飢餓の撲滅」と、とても1円でお願いするには厚かましすぎるお願いをした。信心ごとをして気持ちがさっぱりしたので、有名な千本の鳥居の続く神社の裏の山へ入った。紅い鳥居がはてしなく続き、その切れ間には数知れない祠がたくさん祭ってある。伊勢神宮などに行くとその静粛さや威厳に圧倒されるが、伏見稲荷ではそのにぎやかさに圧倒される。1周1時間ちょっとの裏山コ-ス?を歩いた。何故か、西洋人の数が多い。彼らがお稲荷さんを信仰しているとは思えないから、単に観光目的(私も同じ)だろう。
京阪で電車で伏見桃山へ出る。伏見は酒どころで、黄桜や月桂冠などのメジャ-ブランドもある。残念ながら年末で、利き酒(ただ酒)などはできなかったが、黄桜の蔵元で昔懐かしい、カッパのコマーシャルを見たり、100円でショット酒などを楽しんだ。伏見はまた幕末の浪士が徘徊した街でもあり、あの有名な寺田屋もある。坂本龍馬の定宿でが九死に一生を得た場所でもある。拝観料を払って入ったが、特に見るべきものはなく、最後に現存の建物と実際の寺田屋が同一ではない可能性が高いことを指摘した新聞記事なども展示されており、???である。

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その旅館「K楽」には、何度か泊まって、いつもいい印象を持っていたが、今回はどうも違った。目に見えて「コスト削減」を感じてしまうのである。そしてそれが、料理の質にまで及んでいるのを知ってしまったとき、もう「K楽」に来ることはないと思った。朝ごはんなど、前泊の安いホテルの方がよっぽど立派だった。経営が苦しいのだろうが、料理の質を落としてしまったら、「料理旅館」の名が泣くし、お客さんは間違いなく離れていく。経営者は、何が大事で、何が削れるかを判断するしっかりした目を持たないと破綻への道を転がってしまうことになる。知った旅館がそういう風になるのはとても残念だ。

大晦日、娘を入れて3人でソウルに戻る。自宅に着いたのは5時過ぎ、大急ぎで近くのス-パ-に買出しに行き、7時半の紅白に間に合った。2011年の紅白は、例年にないいいで気だったと思う。

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